ホモロジー代数

ホモロジー代数(Homological Algebra)は、ホモロジーそのものを代数的に公理化し、その枠組みの基礎付けやホモロジーの計算方法を研究する分野である。 ここでホモロジーとは、位相空間などの何らかの数学的対象から構成される代数的対象のことである。 位相空間から鎖複体を経由して構成される特異ホモロジーや、 可微分多様体からde Rham複体を経由して構成されるde Rhamコホモロジーなどは古くから知られている典型例である*1

ホモロジーを構成するには、調べたい数学的対象から(余鎖)複体と呼ばれる代数的対象(しばしば環上の加群が用いられる)の良い列 $$ \cdots\xrightarrow{d^{n+2}}M^{n+1}\xrightarrow{d^{n+1}}M^{n}\xrightarrow{d^n}M^{n-1}\xrightarrow{d^{n-1}}M^{n-2}\xrightarrow{d^{n-2}}\cdots $$ を構成すればよい。 この列 $\langle (M^i)_{i\in\mathbb{Z}}, (d^i)_{i\in\mathbb{Z}} \rangle$ が複体であるという性質に注意すると、 剰余 $\mathop{\mathsf{Ker}}(d^n)/\mathop{\mathsf{Im}}(d^{n-1})$ を計算することができる。 これを$n$-次ホモロジーといい、${\mathop{\mathsf{H}}\nolimits}^n(\langle (M^i)_{i\in\mathbb{Z}}, (d^i)_{i\in\mathbb{Z}} \rangle)$ と書いたり、単に ${\mathop{\mathsf{H}}\nolimits}^n( M^{\bullet} )$と書いたりする。 添え字の付け方を変えた複体を鎖複体と呼び、その列に於ける剰余をコホモロジーという。 このように構成されたホモロジーやコホモロジーは元の数学的対象と比べて相対的に調べやすいことが多く、 更に構成された代数的対象が元の数学的対象の不変量であるため、 ホモロジー代数を使う立場に立つと、ホモロジーを定義し、実際に計算するという二つの観点が重要となる。

ホモロジーの構成は既に述べた通り複体を構成する部分とそこからホモロジーを得る部分との二つからなるが、 前者は調べたい対象からなんらかの方法で代数的な情報を取り出す際に各分野特有の技巧を用いることが多い。 一方で後者の構成自体は基本的に全て代数的な議論で尽きており、 この代数的に議論できる部分を抽象化してパッケージ化したものがホモロジー代数の源流である。 このようにパッケージ化して整備しておくことで、 とある分野で「分解する列を与える方法」を見つけたらば立ちどころにホモロジー代数の結果を適用することができるようになる点で強力な道具となる。 実際、現代では代数的トポロジー、可換環論、代数幾何学、代数的整数論、表現論、作用素環論など非常に多くの分野で応用されるに至っている。

概要

冒頭で述べた通り、ホモロジー代数は調べたい数学的対象から得た(余鎖)複体を上手く取り扱う枠組みを整えることと、その枠組みに於ける具体的な計算手法とが重要である。 よってまずは複体に言及する為に「複体はどのような代数的対象からなっていればよいか?」という問を考えることから始めよう。 この問に対する最も古典的で具体的な答えとしては、可換群、あるいはより一般に環上の加群が第一に与えられ、CartanとEilenbergにより表された本Homological Algebra(1956)にまとめられた。 環上の加群が扱いやすい理由の一つは、環 $R$ 上の加群の為す圏 $\mathsf{Mod}(R)$ において完全列がよい振る舞いをすることにあり、 それにより $\mathsf{Mod}(R)$ から構成される複体の為す圏 $\mathsf{Ch}(R)$ を考えることができるようになる。 ここで加群と加群の準同型の為す列 $$ \cdots\xrightarrow{d^{n+2}}M^{n+1}\xrightarrow{d^{n+1}}M^{n}\xrightarrow{d^n}M^{n-1}\xrightarrow{d^{n-1}}M^{n-2}\xrightarrow{d^{n-2}}\cdots $$ が複体であるとは、$\mathop{\mathsf{Im}}(d^{n-1})\subset\mathop{\mathsf{Ker}}(d^n)$が成立することである。 包含関係のある二つの部分加群について小さい加群は大きい加群の部分加群であるから、この剰余 $\mathop{\mathsf{Ker}}(d^n)/\mathop{\mathsf{Im}}(d^{n-1})$ を計算することができる。 冒頭でも述べた通り、これが複体から定まるホモロジー群である。

環上の加群の為す圏 $\mathsf{Mod}(R)$ が満たしていた完全列に関する性質に着目すると、 位相空間 $X$ 上の可換群に値を取る?の為す圏 $\mathsf{Sh}(X)$なども同様の振る舞いをする。 この事実に着目したGrothendieckらは共通の性質を満たす圏としてアーベル圏を考案し、このクラスに対して既に知られていたホモロジー代数の諸結果を一般化した。 この圏論的な視点でホモロジー代数の適用範囲を広げる試みはこれ以降も続いており、 擬アーベル圏?などのアーベル圏よりも条件の弱い圏に於けるホモロジー代数の進展により函数解析への応用が開かれたり、 加法圏や外部構造として完全列を備えた圏であるQuillenの意味の完全圏?などに於けるホモロジー代数の進展により多元環の表現論が整理されたり、 更に弱い半完全圏?に於いてGrandisがスペクトル系列(これは直後に述べる)の理論を構築していたりする。

またホモロジー代数をする枠組みを一般化する方向性とは別に、 具体的な計算手法として古くより知られているスペクトル系列?の理論も実用性の観点からも重要である。 最も古典的なものは、代数的トポロジーに於けるSerreスペクトル系列であり、 これはファイブレーション?という性質を用いた計算であり、構成もad hocであった。 1952年にMasseyにより導入された完全対?は、それ以前に知られていたスペクトル系列を完全対から誘導されるものとして統一的に整理することができる点で優れている。 先に述べたアーベル圏に於けるホモロジー代数の文脈に於いても抽象的なデータとしてスペクトル系列は定式化されているが、 実際の計算をする上では完全対から誘導されるスペクトル系列が極めて重要であることは強調されるべきであろう。

ここまでがホモロジー代数の基本事項である。 以下では以後の発展の概略を述べるが、 未定義語を多く含んでいるため詳しく把握する必要はなく、 読み飛ばして環上の加群のホモロジー代数に進むことも可能である。

ホモロジー群を取る際に複体と比べて落ちた情報を補うために付加的なデータを与えて欠損した情報の一部を復元するという技術の他に、 複体を複体として扱う技術も整備されており、その最たる例が導来圏の理論である。 導来圏の理論の基本的なアイデアは、複体の圏から始めて「対象は変えずに同型だと見做すべき射のみを同一する」ことでホモロジー群を取らずにホモロジー群に関する考察ができる圏を構成することにある。 具体的には第一ステップとして $\mathsf{Ch}(\mathscr{A})$ の鎖ホモトピックな射を同一視をするためイデアル剰余という構成を行ない、これにより素朴なホモトピー圏 $\mathsf{K}(\mathscr{A})$ を得、 第二ステップとして $\mathsf{K}(\mathscr{A})$ の擬同型を同一視する局所化という構成を行ない、導来圏(ホモトピー圏ともいう) $\mathsf{D}(\mathscr{A})$ を得る。 この導来圏の理論は強力であったが、構成がad hocであるという難点があった。 Verdierは導来圏の持つシフト函手を構造として抜き出し、その満たす性質を公理として抽象した三角圏の枠組みを定式化した。 これは安定ホモトピー論に於けるスペクトルの圏を例に持ち、基本的な枠組みである。 三角圏が定式化された当初は導来圏の基本的な性質程度しか導かれないと考えていた人も少なくないようであるが、 Beilinson-Bernstein-DeligneのFaisceaux perversに於いて導入されたt-構造?偏屈層?の理論や,Balmerによるテンソル三角圏の幾何など、現代では豊富な理論が展開されている。

しかし三角圏にも問題がある。 一つはシフト函手が外部構造として与えたものであったが為に一意とは限らない自然同型を除いてしか一意ではない点にある。 普遍性によって定義していないがために起こる現象であるから可能ならばそのような定義を与えたい。 これを実現したのが導来子の理論であり、 導来子は圏の為す2-圏? $\mathsf{Cat}_2$ の1-射および2-射が充満な部分2-圏に対して適切な圏を対応させるよい擬函手?として定義され、 更に(導来子の意味で)点付きかつ(導来子の意味で)Cartesius性と余Cartesius性とが互いに同値であるとき三角導来子と呼ぶ。 三角導来子による任意の値はホモトピー押し出しにより自然にシフト函手の構造が入るため三角圏になるが、 このようにして得られる三角圏のシフト函手は普遍性により定義されているため先の困難が解消されている。 この導来子の文脈と相性がよいクラスとしては導来可能圏が考えられる。 導来可能圏は完全圏を含むのみならずモデル圏をも含んでおり、 それぞれの意味での導来圏を統一的に理解できる点も優れている。

また別の問題に函手圏に自然に三角圏の構造が定まらないという点がある。 一般の函手圏は勿論のこと、 矢圏のような極めて単純な場合でさえ三角圏の構造が定まることが保証できない。 これは三角圏が圏論的に基本的な構成で閉じていないということを意味し、好ましいことではない。 この点を解決するためにより高次の構造により三角圏を増強した上で、 増強した高次の圏として諸々の構成をし、 必要に応じて最後に高次の情報を忘れる(ホモトピー圏を取る)という手続きが考えられている。 この方向性としてdg-圏?$A_\infity$-圏?$、$安定$\infity$-圏?による増強が近年研究されている。

環上の加群のホモロジー代数

アーベル圏でのホモロジー代数とその一般化

スペクトル系列の理論

導来圏および三角圏の理論、Extriangulated圏の理論

導来子の理論と導来可能圏

三角圏の増強(dg圏、$A_\infity$-圏、安定 $\infity$-圏、完全準圏)



*1 ここでde Rhamコホモロジーを例に挙げたが、後述する通りホモロジーとコホモロジーとはそれぞれ鎖複体、余鎖複体を経由して定義され、鎖複体および余鎖複体は添え字の付け方を除いて同じものである。よって添え字を付け替えることでコホモロジーはホモロジーと見做すことができ、この意味で両者は本質的に同じ概念であるといってもよい。但し、実用上では両方向に無限に長い列を考えるのではなく、数字が充分小さい場合は零になる複体(これを下に有界な複体という)を扱うことが多く、この場合は添え字を付け替えると下に有界であったものが上に有界になり、差が生じる。

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Last-modified: 2020-10-24 (土) 10:18:46 (3d)