体論 †体論(Field Theory)とは、体と呼ばれる代数系に対する理論である。 体は大変基本的な対象であり、数論や(可換)環論、代数幾何学など関連する諸分野において理論を打ち立てる基礎と位置付けられることが多い。帰結として、多くの分野にまたがって体に関する事実や結果が存在する。体論に独自の理論としては、方程式の可解性や古代ギリシャ以来の作図問題に応用を持つGalois理論?が名高い。 体の定義 †可除な可換環を体(Field)という。より正確には、加法 $+$ 及び乗法 $\cdot$ という2つの二項演算が定義された集合 $K$ であって、以下の条件をみたすものをいう:
定理(体は整域である) †体 $K$ の2要素 $x \ne 0$, $y \ne 0$ に対し、$xy \ne 0$。 証明 背理法による。$xy = 0$ と仮定しよう。$x \ne 0$ なので逆元 $x^{-1}$ が存在し、これを両辺に乗じると $$ 0 = x^{-1} \cdot 0 = x^{-1} xy = y.$$これは $y \ne 0$ に矛盾するので $xy \ne 0$ である。$\square$ 典型的な例 †
極大イデアルと体 †体と密接に関連するのは極大イデアル?の概念である。 定理(体のイデアル) †可換環 $K \ne 0$ に対して、以下は同値である:
証明 単位元 $1$ を含む可換環 $K$ のイデアル $I$ が $K$ しかないことに注意する。実際、$1 \in I$ のとき、任意の $x \in K$ に対し $x = x \cdot 1 \in I$ が成り立つ。 1.$\Rightarrow$2. $I \ne \{ 0 \}$ を $K$ のイデアルとする。$x \in I$ を $0$ でない要素とすれば、逆元 $x^{-1}$ が $K$ に存在するから $1 = x x^{-1} \in I$、特に $I = K$。 2.$\Rightarrow$1. $0$ でない要素 $x \in K$ が生成する単項イデアル $xK$ は $\{ 0 \}$ ではないので $xK = K$、すなわち $1 \in xK$。ゆえに $xy = 1$ なる $y \in K$ が存在し、$x$ は $K$ 内に逆元をもつ。特に $K$ は体である。$\square$ 定理(極大イデアルと剰余体) †可換環 $R$ のイデアル $I$ に対し、以下は同値である:
証明 剰余環のイデアルの対応関係によって、2つの条件はともに「$I$ を包む $R$ の真のイデアルが存在しない」と同値である。$\square$ 体上の加群(ベクトル空間) †体の上の加群をベクトル空間または線形空間といい、ベクトル空間及びその上の準同型(線型写像)を調べる分野を線形代数という。この観点からすると、線形代数は加群論の一部と位置づけることもできる。しかしながら、基礎環(体)の良い性質を反映して、ベクトル空間と線型写像の理論は、一般の環上の加群と準同型の場合よりも高い精度で展開できる。この精度を支える定理を2つ挙げよう。これらの定理はいずれもベクトル空間と線型写像に特有のものであり、一般の可換環上では成り立たない。これらの差異を埋めるものがホモロジー代数である。 定理(基底の存在) †任意のベクトル空間は基底(一次独立な生成系)を持つ。 定理(単射の分裂性) †体 $K$ 上の任意のベクトル空間 $V$ と任意の部分空間 $U$ に対し、埋入写像 $i \colon U \hookrightarrow V$ は分裂する、すなわち線型写像 $q \colon V \to U$ で $q \circ i = \operatorname{id}_U$ をみたすものが存在する。特にこのとき $V \simeq U \oplus (V/U)$ である。 体拡大に関するGalois理論 †体 $L$ の部分集合 $K$ が $L$ と同じ加法と乗法を演算として体をなすとき、$K$ を $L$ の部分体、$L$ を $K$ の拡大体という。体 $K$ の拡大体 $L$ は自然に $K$ ベクトル空間と見做せて、$K$ ベクトル空間としての次元 $\dim_K L$ を $L$ の $K$ 上の拡大次数といい $[L : K]$ と表す。$[L : K]$ が有限のとき、$L$ を $K$ の有限次拡大という。 ここで、写像 $\phi \colon L \to L$ に関する以下の条件を考えよう。
$\phi$ が 1.~3.を充たすとき $L$ の自己同型、1.~4.を充たすとき $L$ の $K$ 自己同型という*2。$L$ を体 $K$ の拡大体とするとき、
はそれぞれ写像の合成を演算として群をなす。$\operatorname{Aut} L$ を $L$ の自己同型群という。$L$ が $K$ の良い拡大のときには、その拡大の様子が $\operatorname{Aut}_K L$ という群として写し取られ、体拡大について知りたければその自己同型群を調べればよいという基本方針が得られる。この理論を現在では、最初にこの事実を示唆した若き天才の名を冠してGalois理論と呼んでいる。 体拡大に関する諸定義 †Galoisの基本定理を述べるため、用語を準備する。以下、$L$ を $K$ の拡大体とする。$L$ の要素 $x$ が $K$ 上のある多項式の根となるとき、すなわちある自然数 $n > 0$ と $a_t \in K$ で $$ a_0 x^n + a_1 x^{n-1} + \cdots + a_n = 0$$ なる $a_t \in K$ なるものが存在するとき、$x$ は $K$ 上代数的であるという。$x$ を根にもつ $0$ でない多項式 $f(T) \in K[T]$ のうち、次数が最小のものを $x$ の最少多項式という。 あらゆる $L$ の要素が $K$ 上代数的のとき $L$ を $K$ の代数拡大という。有限次拡大はつねに代数拡大であることが知られている。 $L$ を体 $K$ の有限次代数拡大とするとき、
体 $K$ のGalois拡大 $L$ に対し、$K$ 自己同型群 $\operatorname{Aut}_K L$ を $L$ の $K$ 上のGalois群という。 定理(Galoisの基本定理) †$L$ を体 $K$ の有限次Galois拡大とし、$G := \operatorname{Aut}_K L$ を $L$ の $K$ 上のGalois群とする。$G$ の部分群の全体を ${\cal H}$、体拡大 $L \supset K$ の中間体の全体を ${\cal M}$ と表すとき、 $$ \Phi \colon {\cal H} \to {\cal M}~~;~~H \mapsto L^{H}:= \{ x \in L \mid \sigma(x) = x~(\forall \sigma \in G)\}$$ は互いに包含関係を反転する1対1対応を与える。 Galois理論の応用 †ギリシャの3大作図問題 †「定木とコンパスのみを用いて所与の条件を充たす図を描けるか」という問題を作図問題という。以下の3つの作図問題はギリシャの3大作図問題と呼ばれ、その成否は長らく不明であった。
これらの問題は、いずれも体拡大の理論を用いて統一的に不可能であることが証明できる。詳細は作図問題?を参照されたい。 代数方程式の可解性 †体 $K$ 上の代数方程式 $f(T) = 0$ が与えられたとき、体 $K$ を含む代数閉体(例えば $K$ の代数閉包)にはこの方程式の解がすべて存在する。しかし、その根を構成的に求められるか、換言すれば「四則演算と冪根をとる操作のみにより、$f(T)$ の根を総て求める手続きが存在するか?」は明らかではない。 例えば2次方程式 $aT^2 + bT + c = 0$ を考えよう。左辺の係数から判別式 $D := b^2 - 4ac$ を求め、その平方根 $\sqrt{D}$ を用いることで、2つの解は $$ T = \frac{-b \pm \sqrt{D}}{2a}$$ と表せる。言い換えれば、2次多項式に対しては
という手続きにより、総ての根を含む体 $L$ が得られる。この手続きが存在すれば解を構成できるので、代数的に解けるとか解の公式が存在するとも表現される。歴史的に最も興味を引いてきたのは有理数体 $\mathbb{Q}$ に係数を持つ場合*3であり、Galois理論により導かれる次の定理が有名である. 体 $K$ 上の多項式 $f(T) \in K[T]$ に対し,$f(T)$ の根を総て含む最小の拡大体 $L$ を $f(T)$ の最小分解体という。上の例により、2次多項式 $f(T) = aT^2 + bT + c$ の最小分解体は $K(\sqrt{D})$ である*4。$f(T) \in K[T]$ が重根をもたない多項式のとき、$f(T)$ の最小分解体 $L$ は $K$ のGalois拡大である。 定理(代数方程式の可解性) †有理数体 $\mathbb{Q}$ に係数をもつ多項式 $f(T)$ の最小分解体を $L$ とする。代数方程式 $f(T) = 0$ が代数的に解けるための必要十分条件は、$L$ の $K$ 上のGalois群 $G$ が可解群となることである。 関連事項 † |