1.可換環および可換環の準同型の定義

1.1.可換環

1.1.1.可換環の定義

可換環とは、集合? $A$ と $A$ の上で閉じた2つの二項演算? $+$、$\times$ 、 $A$ の2つの要素$0$、$1$の五つ組 $\langle A, +, 0, \times, 1\rangle$ で、次の三つの公理を満たすものをいう。

  • (A1)(加法に関する条件)
    三つ組 $\langle A, +, 0\rangle$ は可換群を為す。具体的に書き下すと、次の四つの性質を全て満たすことである。
    • $A$ の任意の元 $a$、$b$、$c$ について、$(a + b) + c = a + (b + c)$ が成立する。
    • $A$ の任意の元 $a$ について、$a + 0 = 0 + a = a $ が成立する。
    • $A$ の任意の元 $a$ について、$ a + b = b + a = 0 $ を満たす $A$ の元 $b$ が存在する。
    • $A$ の任意の元 $a$、$b$について、$a+b=b+a$ が成立する。
  • (A2)(乗法に関する条件)
    三つ組 $\langle A, \times, 1\rangle$ は可換モノイドを為す。具体的に書き下すと、次の三つの性質を全て満たすことである。
    • $A$ の任意の元 $a$、$b$、$c$ について、$(a \times b) \times c = a \times (b \times c)$ が成立する。
    • $A$ の任意の元 $a$ について、$a \times 1 = 1 \times a = a $ が成立する。
    • $A$ の任意の元 $a$、$b$について、$a \times b = b \times a$ が成立する。
  • (A3)(分配律?
    $A$ の任意の元 $a$、$b$、$c$ について、$a \times (b + c) = a\times b + a\times c$ および $(a + b) \times c = a\times c + b\times c$ が成立する。

1.1.2.可換環の定義に関する補足

  • 定義のうち、加法に関する条件(A1)は次のように弱めることができる: (A1)'三つ組 $\langle A, +, 0\rangle$ は群を為す。
    • 証明:$A$ の任意の元 $a$、$b$ をとる。このとき $ (a+1) \times (b+1) $ の展開は、分配律の用い方によって次の二通りが考えられる: $ (a+1) \times (b+1) = a \times (b+1) + 1 \times (b+1) = a \times b + a \times 1 + 1 \times b + 1 \times 1 = a \times b + a + b + 1 $ および $ (a+1) \times (b+1) = (a+1) \times b + (a+1) \times 1 = a \times b + 1 \times b + a \times 1 + 1 \times 1 = a \times b + b + a + 1 $ 。この両者は一致するので、$ a \times b + a + b + 1 = a \times b + b + a + 1 $ が得られ、左から$ - a \times b $を加え、右から $ -1 $を加えると $ a+b = b+a $が得られる。
  • 定義のうち、分配律に関する条件は、乗法の可換性に留意すると一方の式の成立が分かれば他方が得られる。
  • 可換環 $ \langle A,+,0,\times,1\rangle$ について、 $A$ を台集合と、$+$を加法と、$0$を零元と、$\times$を乗法と、$1$を単位元という。
  • 可換環は、正式には $ \langle A,+,0,\times,1\rangle$ という五つ組のことであるが、通常は $A$ 以外の四つの構造を暗黙のうちに固定されたものとみなし、可換環 $ \langle A,+,0,\times,1\rangle$ と呼ぶかわりに、簡単に「可換環 $A$ 」と呼ぶことが多い。
  • 可換環 $A$ と書くとき、可換環 $A$ と $A$ の台集合とを同一視し、 $a$ が $A$ の台集合の元であることを $ a \in A $ と書くことがある。ただし、混乱が生じかねない場合は $A$ の台集合を $\underline{A}$ と書くことにする。
  • 可換環 $A$ と書くとき、可換環 $A$ の加法を単に $+$ と書くことがある。ただし、混乱が生じかねない場合は $+_A$ のように$A$の加法であることを明示することとする。零元、乗法、単位元に対しても同様の約束をするものとし、 $A$ のものでることを明示するときはそれぞれ $0_A$、$ \times_A$、$1_A$ と書く。
  • 可換環の定義から乗法単位元を存在を省いたものを可換擬環という。可換擬環に対して「乗法単位元が存在する」という性質を弱めた条件に関する研究もいくつか知られている。詳しくは可換擬環における乗法単位元?を参照されたい。

1.2.可換環の準同型

可換環の準同型とは、可換環の構造を保つ写像のことである。ここで可換環の構造とは四つの演算のことであり、構造を保つとはそれぞれの演算について $A$ で計算してから $f$ で写すことと $f$ で写してから $B$ で計算することとが一致することをいう。 可換環は集合とその上の演算のみで既定されているので、二つの可換環 $A$、$B$ の間に全単射 $f$ であって構造を保つものがあれば、$A$ の元 $a$ と $f$ で移した $B$ の元 $f(a)$ とを同一視することで二つの可換環は( $f$ を通して)同じものだと見做すことができる。

このように、構造を保つ写像を考えることでその写像を通して二つの可換環の間の関係性を考えらえるようになる点で重要である(ここで、二つの可換環が可換環として同じであることは以下で定義するように同型というが、同型であるという性質は二つの可換環の間の一つの関係性を表していることに注意されたい)。 正式な定義は次の通り。

1.2.1.可換環の準同型の定義

$A$、$B$ を可換環とする。 $f$ が $A$ から $B$ への可換環の準同型(可換環の射ともいう)とは、 $f$ は$A$ から $B$ への写像?であって、次の二つの公理を満たすことをいう。

  • (Am1)(加法に関する条件)
    $f$は$\langle A, +_A, 0_A\rangle$ から $\langle B, +_B, 0_B \rangle$ への可換群の準同型である。具体的に書き下すと、次の二つの性質を全て満たすことである。
    • $A$ の任意の元 $a$、$b$について、$f(a +_A b)=f(a) +_B f(b)$が成立する。
    • $f(0_A)=0_B$が成立する。
  • (Am2)(乗法に関する条件)
    $f$は$\langle A, \times, 1\rangle$ から $\langle B, \times, 1 \rangle$ への可換モノイドの準同型である。具体的に書き下すと、次の二つの性質を全て満たすことである。
    • $A$ の任意の元 $a$、$b$について、$f(a \times_A b)=f(a) \times_B f(b)$が成立する。
    • $f(1_A)=1_B$が成立する。

可換環の準同型は、二つの可換環の間の相対的な関係を調べる上で不可欠である。 この相対的な関係を調べるという意味では、最も簡単だが重要な例として部分と剰余という二つの概念がある。 これらは古典的には具体的な構成方法を以て定義されるが、 寧ろ二つの可換環の間にある準同型写像に力点を置いた方が理論全体がすっきりする。 次の補足に於いてこの二つの概念を定義し、 続くイデアルと環の構成に於いて具体的な構成方法を説明する。

1.2.2.可換環の準同型の定義に関する補足

  • 可換環の準同型の定義に於いて二つの条件をそれぞれ具体的に書き下したが、実は $f(0_A)=0_B$が成立するという条件は不要である。このことはのページに詳しいため、ここでは証明を省略する。
  • $A$、$B$、$C$を可換環とし、$f\colon A \rightarrow B$、$g\colon B \rightarrow C$を可換環の準同型とするとき、合成写像 $g \circ f$ が考えられる。このとき $g \circ f$ は $A$ から $C$ への可換環の準同型であることが分かる。
  • $A$ を可換環とするとき、$A$ から $A$ への恒等写像 $\mathop{\mathrm{id}}_A$ は可換環の準同型である。
  • この二つの事実から、全ての可換環を対象とし、全ての可換環の準同型を射とする圏 $\mathbf{CRing}$ が定まる。本稿に於いては可換環の圏に関してはこれ以上言及しない。興味のある方は可換環の為す圏?を参照されたい。

1.3.部分,剰余,同型

1.3.1.部分と剰余の定義

  • $A$、$B$ を可換環とするとき、$A$ から $B$ への単射準同型写像 $f$ が存在するとき、 組 $\langle A, f \rangle$ を $B$ の部分という。この定義は最初は分かりにくいが、部分環の項目で詳しく説明しているのでそちらを参照されたい。
  • $A$、$B$ を可換環とするとき、$A$ から $B$ への全射準同型写像 $f$ が存在するとき、 組 $\langle B, f \rangle$ を $A$ の剰余という。この定義は最初は分かりにくいが、剰余環の項目で詳しく説明しているのでそちらを参照されたい。

1.3.2.同型の定義

  • 可換環の準同型 $f$ は台集合の間の写像であるため、単射、全射、全単射などの性質が考えられる。単射であるとき単射準同型、全射であるとき全射準同型、全単射であるとき同型という。
  • $A$、$B$ を可換環とするとき、$A$ から $B$ への同型写像 $f$ が存在するとき、 $A$ と $B$ とは同型であるという。
  • 可換環の準同型 $f$ が同型であるとき、すなわち $f$ が全単射であるとき、写像の性質より $f$ の逆写像 $f^{-1}$ が存在する。この逆写像 $f^{-1}$は可換環の準同型であり、特にこれも全単射であるため同型である。
  • 可換環 $A$、$B$ が同型であるとき $A \cong B$ と書く。二つの可換環が同型であるという関係は同値関係を定める。
  • 証明:可換環 $A$、$B$ が $A \cong B$を満たすとき同型写像 $f$が存在し、 $f^{-1}$ が $B$ から $A$ への同型写像を与えるので $B \cong A$ が得られ、対象律を満たす。 $A$ を可換環とするとき $\mathop{\mathrm{id}}_A$ は $A$ から $A$ への可換環の準同型であり、写像 $\mathop{\mathrm{id}}_A$ は全単射であるから $A \cong A$ が得られ、$\cong$は反射律を満たす。可換環 $A$、$B$ が $A \cong B$を満たすとき同型写像 $f$が存在し、可換環 $B$、$C$ が $B \cong C$を満たすとき同型写像 $g$が存在する。このとき合成写像 $g \circ f$ は $A$ から $C$ への同型写像であり、 $A \cong B$ が得られる。よって推移律を満たす。

2.基本的な環の構成とイデアル

基本的な可換環の構成方法である部分環および剰余環を導入する。 特に剰余環を定義するためにイデアルを導入する。

2.1.部分環

部分環とは、環の構造と整合している部分集合のことである。 代表的な例は、有理数全体 $\mathbb{Q}$ の部分集合としての整数全体 $\mathbb{Z}$ や、実数係数多項式全体 $\mathbb{R}[x]$ の中の実数全体 $\mathbb{R}$ などが挙げられる。

2.1.1.部分環の定義

$A$ を可換環とするとき、 $A$ の部分環とは、$A$ の部分集合? $B$ であって次の四つの公理を満たすことである。

  • (S1) $B$ の任意の元 $b_1$、$b_2$ について、$b_1 +_A b_2$ は $B$ の元である。
  • (S2) $B$ は $0_A$を元に持つ。
  • (S3) $B$ の任意の元 $b_1$、$b_2$ について、$b_1 \times_A b_2$ は $B$ の元である。
  • (S4) $B$ は $1_A$を元に持つ。

この定義ではただの部分集合を部分環と呼ぶことを疑問に思われるやもしれないが、補足にて説明するように部分環には自然に元の可換環から演算が誘導されて環を為す。この演算を備えた新たな可換環も部分環と呼ぶ。 最初からこの構造を備えた環を部分環と呼ぶと定めてもよいが、部分集合を指定した際に部分環か否かを判定する上で条件や構造が少ない方が楽であるため本稿ではこの定義を採用する。

2.1.2.部分環が自然に可換環と見做せること

  • $B$ が可換環 $A$ の部分環であるとき、$B$ 上の二項演算 $+_B$ と $\times_B$ とを $b_1 +_B b_2 \colon = b_1 +_A b_2$、$b_1 \times_B b_2 \colon = b_1 \times_A b_2$ と定義すると、五つ組 $ \langle B, +_B, 0_B, \times_B, 1_B\rangle $ は可換環であり、包含写像 $\iota_B \colon B \rightarrow A $は可換環の準同型写像である。 以下、部分集合 $B$ が $A$ の部分環であるときは、特に断らずにこれらの演算を備えた可換環として扱うことがある。

2.1.3.部分環と部分との同値性

  • $B$ が可換環 $A$ の部分環であるとき、組 $\langle B, \iota_B \rangle$ は $A$ の部分である。
  • 組 $\langle B, f \rangle$ が $A$ の部分であるとき、$f$ の像 $ \mathop{\mathrm{Im}}(f) \colon= \{ a \in A \middle \text{ $B$の元 $b$ であって $f(b)=a$ を満たすものが存在する } \} $ は $A$ の部分環である。
    • 証明:部分環の公理を満たすことを確かめる。(S1)については、$\mathop{\mathrm{Im}}(f)$ の元 $a_1$、$a_2$ を任意にとるとき $\mathop{\mathrm{Im}}(f)$ の定義より $f(b_i)=a_i$ を満たす $B$ の元 $b_1$、$b_2$ が存在する。これらを取ると、環の部分の定義より $f$ 可換環の準同型写像であり、準同型写像の定義より $a_1+a_2=f(b_1)+f(b_2)=f(b_1+b_2)$ と計算できる。よって $\mathop{\mathrm{Im}}(f)$ の定義より $b_1+b_2$ が $\mathop{\mathrm{Im}}(f)$ の元であることが得られる。(S_2)については、$f$ が可換環の準同型写像であることに留意すると $f(0_B)=0_A$ が成立し、$\mathop{\mathrm{Im}}(f)$ の定義より$0_A$ は $\mathop{\mathrm{Im}}(f)$ の元であることが得られる。(S_3)、(S_4)は同様である。

2.2.イデアル

イデアルとは、可換環 $A$ の和で閉じていて、かつ可換環 $A$ の元を掛ける作用で閉じている部分集合のことである。 代表的な例は、整数全体の為す可換環 $\mathbb{Z}$ に対して定まる $n$ の倍数全体の部分集合 $n\mathbb{Z}$ である。 歴史的にもイデアルはこの例の持つ性質を抽象したものと言って差し支えない。

2.2.1.イデアルの定義

$A$ を可換環とするとき、 $A$ のイデアルとは、$A$の部分集合? $I$ で、次の三つの公理を満たすものをいう。

  • (I1)(加法に関する条件)
    三つ組 $\langle I, +_A, 0_A\rangle$ は可換群を為す。換言すれば、$I$ は包含写像 $\iota\colon I \rightarrow A$ が可換群の準同型であるような可換群の構造が入る。
  • (I2) (乗法に関する条件)
    $A$ の任意の元 $a$ および $I$ の任意の元 $i$ について、$A$ に於ける積 $a \times_A i$ が再び $I$ の元になる。

イデアルの重要性の一側面を垣間見るために、整数全体の為す環 $\mathbb{Z}$ のイデアルを決定してみよう。 $\mathbb{Z}$ のイデアルは次に証明するように倍数全体の集合と書かれるため、イデアル全体は $\mathbb{Z}$ の乗法の構造を比較的よく反映していると考えられる。 この事情は一般の可換環に対してもある程度正しく、実際、可換環のイデアル論の一部は加法を忘却したバイノイド?(吸収元付き可換モノイド)の構造のみを用いて十分に議論できることが知られている。

2.3.1.$\mathbb{Z}$ のイデアルの決定

命題

$I$ が $\mathbb{Z}$ のイデアルであるならば、とある整数 $n$ を用いて $I = n \mathbb{Z}$ と書かれる。 逆に、$\mathbb{Z}$ の元 $n$ を用いて $I = n \mathbb{Z}$ と書かれる部分集合は $\mathbb{Z}$ のイデアルである。

証明

$\mathbb{Z}$ のイデアル $I$ を任意にとる。 このとき $I=\{0\}$ であれば $I=0\mathbb{Z}$ が成立する。 そうでないとき $I$ に属する $0$ でない元の中で最小のもの $n$ が取れ、これを用いて $I$ は $n\mathbb{Z}$ と書かれる。 実際、$n\mathbb{Z}\subset I$ の成立はイデアルの定義と $n$ の取り方より明らかであるため、 $I$ の任意の元 $i$ について、$i\in n\mathbb{Z}$ が成立することを証明しよう。 $i$ を $n$ で割ることで $i=qn+r$ かつ $0 \leq r < n$ を成立せしめる整数 $q$、$r$ が取れる。 $I$ がイデアルであることと $n$ が $I$ の元であることとより $qn \in I$ が従い、 これと $i \in I$ とを併せると $r = i - qn$ が $I$ の元であることが分かる。 ここで $n$ の最小性に注意すると $r$ は $0$ でなければならないため $i=qn$ となり、$i$ が $n\mathbb{Z}$の元であると分かる。 以上より $I \subset n\mathbb{Z}$ が得られ、 $I = n\mathbb{Z}$ が証明された。

2.3.2.可換環の準同型の核

2.3.3.部分と核

2.3.4.イデアルの生成

2.3.5.単項イデアルと有限生成イデアル

2.4.イデアルの定義に関する補足

  • $A$ を可換環とすると、$A$ 自身は $A$ のイデアルである。このイデアルを自明なイデアルという。イデアル $I$ が自明なイデアルであることを、単に自明であるという。自明でないイデアルのことを真のイデアルともいう。
  • $A$ を可換環とすると、$\{0_A\}$ は$A$のイデアルである。このイデアルを零イデアルという。
  • 可換環 $A$ のイデアル $I$ が自明であることと $1$ を元に持つことは同値である。特に真のイデアルは部分環ではない。

2.5.剰余環の定義

剰余環とは、可換環のイデアルを一つ固定するとき、固定されたイデアルを一元に潰して得られる新たな環のことである。 剰余環の典型的な例を説明する為に、初等整数論?に於ける次の事実を思い出そう。

  • $n$ の倍数の差を除いて一致する二つの整数を合同であると言い、合同関係と整数の加法および乗法とは $a \equiv a'$ ならば $a+b \equiv a'+b$ および $ab \equiv a'b$ が成立するという意味で整合している。

既に $n\mathbb{Z}$ が $\mathbb{Z}$ のイデアルの代表例であることを述べたが、この事実に注意すると上述した事実は次のように言い換えられる。

  • イデアル $n\mathbb{Z}$ に属する元の差を除いて一致する二つの整数を合同と呼び、 イデアルから定まる合同関係 $\equiv$ による剰余集合 $A/\equiv$ は($A$ の演算を用いて自然に演算が定まり)新たな可換環を定める。

このようにして得られる新たな環を $\mathbb{Z}/n\mathbb{Z}$ と書き、 $\mathbb{Z}$ の $n\mathbb{Z}$ による剰余環という。

いま得られた可換環 $\mathbb{Z}/n\mathbb{Z}$ は集合としてはどういったものであるかをもう少し観察する。 まず合同関係 $\equiv$ の定義と剰余集合の構成方法とに注意すると、 剰余環 $\mathbb{Z}/n\mathbb{Z}$ の元 $x$ は $\mathbb{Z}$ の部分集合であり、 $x$ の元 $a$ を一つとるとき $x = \{ b\in\mathbb{Z} \mid a \equiv b \} = \{ a+nq \mid q\in\mathbb{Z} \}$ と書き下すことができる。 この集合はさながらイデアル $n\mathbb{Z}$ を元 $a$ で“平行移動”したように見るので $\{ a+nq \mid q\in\mathbb{Z} \} = a+n\mathbb{Z}$ と書くと約束すれば、 剰余環は $\mathbb{Z}/n\mathbb{Z}=\{ n\mathbb{Z}, 1+n\mathbb{Z}, \ldots, n-1+n\mathbb{Z} \}$ と書き下すことができる。

以上の構成を注意深く観察すると、一般の可換環 $A$ とそのイデアル $I$ に対して全く同様の方法で新たな可換環を構成することができる。これを $A$ の $I$ による剰余環と呼び、 $A/I$ と書く。 この節の最初には「イデアルを一元に潰して得られる新たな環」と書いたが、$\mathbb{Z}/n\mathbb{Z}$ の例で最後に書いた通り、 正確にはイデアルを一元に潰すと同時にもとの可換環 $A$ の元 $a$ を足して“平行移動”したような集合 $\{ a+i | i \in I \}$ も一元に潰すことになる。

群論に於ける基本的な概念である剰余群?を既に知っている場合は、 より精密に次のように説明することができる。 次の項目にて剰余群に関する知識を仮定せずに証明するため、この部分は読み飛ばしても構わない。

  • 可換環 $A$ を加法に関する群と見做したときの部分群 $I$ を与えると、可換群の任意の部分群は正規であるため剰余群 $A/I$ が考えられる。 剰余環は剰余群 $A/I$ に可換環 $A$ の積から誘導された演算を備えた環である。 剰余環を構成するには剰余群 $A/I$ に積が誘導される必要があり、これは剰余群の各元である $A$ の部分集合に $A$ の如何なる元を掛けても再び同じ集合に含まれるときに(またそのときに限り)可能である。 このような $A$ の部分集合をイデアルといい、誘導される積と単位元とを備えた剰余群を剰余環という。

剰余群?の項目で行われる議論も重複を厭わず、剰余環を構成する。

2.5.1.剰余環の台集合の定義

定義 $A$ を可換環とし、$I$ を $A$ のイデアルとするとき、 $a-b \in I$ であるとき、またそのときに限り $a \equiv_{I} b$ と書く。 これにより定まる $A$ 上の関係 $\equiv_{I}$ をイデアル $I$ を法とする $A$ 上の合同関係 $\equiv_{I}$ という。 $a \equiv_{I} b$ であることを $a \equiv b ( \mod I )$ と書くこともある。

命題 $A$ を可換環とし、$I$ を $A$ のイデアルとする。 このとき $\equiv_{I}$ は $A$ 上の同値関係である。

証明 反射律を示す。 $A$ の元 $a$ を任意にとるとき、 $a-a=0\in I$ であるから $a\equiv_{I}a$ が成立する。

対称律を示す。 $A$ の元 $a$、$b$ であって $a \equiv_{I} b$ を満たすものを任意にとる。 このとき $\equiv_{I}$ の定義より $a-b\in I$ が成立し、 $I$ はイデアルであるから $b-a=-(a-b)\in I$ が成立する。 よって $\equiv_{I}$ の定義より $b \equiv_{I} a$ が得られる。

推移律を示す。 $A$ の元 $a$、$b$、$c$ であって $a \equiv_{I} b$ および $b \equiv_{I} c$ を満たすものを任意にとる。 このとき $\equiv_{I}$ の定義より $a-b\in I$ および $b-c\in I$ が成立し、 $I$ はイデアルであるから $a-c=-(a-b)-(b-c)\in I$ が成立する。 よって $\equiv_{I}$ の定義より $a \equiv_{I} c$ が得られる。 以上より同値関係であることが示された。

定義 $A$ を可換環とし、$I$ をイデアルとする。 このとき $A/{\equiv_I}$ を $A/I$ と書き、 剰余集合に付随する全射を本節では $\pi\colon A \rightarrow A/I$ と書く。 ここで $\pi$ は文脈によって異なる意味で用いることがあることに注意されたい。

更に $A/{\equiv_I}$ の元 $x$ の代表元を $a$ とするとき、 $x=[a]$ と書く。 全く同じことであるが、$A$ の元 $a$ に対して $\pi(a)=[a]$ と書くといってもよい。

2.5.2.剰余環の台集合上で加法から誘導される二項対応 $\overline{+}$ の定義

定義 $A$ を可換環とし、$I$ をイデアルとする。 このとき $A/I$ の元 $[a]$、$[b]$に対して、 $[a]\overline{+}[b]=[a+b]$と定義する。 これにより $A/I$ 上の対応 $\overline{+}$ が定まった。

命題 $A/I$ 上の対応 $\overline{+}$ は写像である。

証明 $A/I$ の元 $[a]=[a']$、$[b]=[b']$ を任意にとる。 示すべきことは $[a]\overline{+}[b]=[a']\overline{+}[b']$ である。 このとき $\equiv_{I}$ の定義より $a'-a\in I$ および $b'-b\in I$ が成立し、 $a'=a+i$ および $b'=b+j$ なる $I$ の元 $i$、$j$ が取れる。 よって $a'+b'=(a+i)+(b+j)=a+b+(i+j)$ と計算でき、 $i$、$j$ の取り方より $I$ がイデアルであることに留意すると $i+j$ は $I$ の元であることが分かる。 よって $a+b \equiv_I a'+b'$ が成立し、 $[a]\overline{+}[b]=[a+b]=[a'+b']=[a']\overline{+}[b']$ を得る。

補足 このように剰余集合上の写像を定義する際は、 しばしば代表元を用いて対応を定義し、それが写像であることを示すという手順を取る。 この議論はよく用いられるため、対応という言葉を明に出さずに「二項演算$\overline{+}$ をこのように定義するとwell-definedである」と言い表すことがある。 本稿では全て対応を定義した上で写像であることを示すという手順を取るが、 可換環論のより進んだ記事に於いてはここで説明したwell-definedという用語を用いることがある。

2.5.3.剰余環の加法が $[0_A]$ を零元として持つ可換群であること

命題 三つ組 $\langle A/I,\overline{+},[0_A] \rangle$ は可換群である。

証明 演算の可換性を示す。 $A/I$ の元 $[a]$、$[b]$ を任意にとるとき、$[a]\overline{+}[b]=[a+b]=[b+a]=[b]\overline{+}[a]$ が成立するのでよい。

このように $A$ が加法について可換群であったことに留意すると演算の結合性、$[0_A]$ が単位元であることは同様に示される。 逆元の存在については、 $A/I$ の元 $[a]$ を任意にとるとき、 $[a]\overline{+}[-a]=[a+(-a)]=[0_A]$ が成立するので $[-a]$ が $[a]$ の逆元であると分かる。 以上より可換群を為すことが示された。

2.5.4.剰余環の台集合上で乗法から誘導される二項対応 $\overline{\times}$ の定義

定義 $A$ を可換環とし、$I$ をイデアルとする。 このとき $A/I$ の元 $[a]$、$[b]$に対して、 $[a]\overline{\times}[b]=[a \times b]$と定義する。 これにより $A/I$ 上の対応 $\overline{\times}$ が定まった。

命題 $A/I$ 上の対応 $\overline{\times}$ は写像である。

証明 $A/I$ の元 $[a]=[a']$、$[b]=[b']$ を任意にとる。 示すべきことは $[a]\overline{\times}[b]=[a']\overline{\times}[b']$ である。 このとき $\equiv_{I}$ の定義より $a'-a\in I$ および $b'-b\in I$ が成立し、 $a'=a+i$ および $b'=b+j$ なる $I$ の元 $i$、$j$ が取れる。 よって $a'b'=(a+i)(b+j)=ab+aj+bi+ij$ と計算でき、 $I$、$j$ の取り方より $I$ がイデアルであることに留意すると $aj+bi+ij$ は $I$ の元であることが分かる。 よって $ab \equiv_I a'b'$ が成立し、 $[a]\overline{\times}[b]=[ab]=[a'b']=[a']\overline{\times}[b']$ を得る。

2.5.5.剰余環の加法が $[1_A]$ を単位元として持つ可換モノイドであること

命題 三つ組 $\langle A/I,\overline{+},[1_A] \rangle$ は可換群である。

証明 演算の可換性を示す。 $A/I$ の元 $[a]$、$[b]$ を任意にとるとき、$[a]\overline{\times}[b]=[a \times b]=[b \times a]=[b]\overline{\times}[a]$ が成立するのでよい。

このように $A$ が乗法について可換モノイドであったことに留意すると演算の結合性、$[1_A]$ が単位元であることは同様に示される。 以上より可換モノイドを為すことが示された。

2.5.6.五つ組 $\langle A/I, \overline{+}, [0_A], \overline{\times}, [1_A] \rangle$ が可換環を為すこと

命題 五つ組 $\langle A/I,\overline{+},[0_A],\overline{\times},[1_A] \rangle$ は可換環である。

証明 加法について可換群を為すことと、 乗法について可換モノイドを為すこととは既に示した。 以下では両側分配律が成り立つことを示すが、 乗法の可換性より片側分配律のみを示せば十分である。

$A$ の元 $[a]$、$[b]$、$[c]$ を任意に取るとき、 $[a]\overline{\times}([b]\overline{+}[c])=[a]\overline{\times}[b+c]=[a \times (b+c)]=[a\times b + a\times c]=[a\times b]\overline{+}[a\times c]=[a]\overline{\times}[b]\overline{+}[a]\overline{\times}[c]$ と計算される。 以上より可換環を為すことが示された。

2.6.剰余環の定義の補足

2.6.1.剰余環の普遍性

2.6.2.剰余と剰余環との同値性

2.6.4.イデアルの対応(剰余環 ver.)

3.この時点で導入できる環のクラス

3.1.体

3.2.整域

3.3.単項イデアル環

3.3.可換Noether環

3.4.可換Artin環

3.イデアル論を用いない基本的な環の構成

3.1.本節で扱える構成と扱えない構成

3.2.直積環

3.2.1.直積環の定義

3.3.2.直積環のイデアル

3.3.3.直積環を取る操作で保たれる性質

3.3.多項式環

3.3.1.多項式環の定義

3.3.2.多項式環のイデアル

3.3.3.直積環を取る操作で保たれる性質

3.3.4.Hilbertの基底定理

3.素イデアルと極大イデアル

3.1.整域と体

3.2.素イデアルと極大イデアルの定義

3.3.素イデアルの定義と極大イデアルの定義の補足

3.4.素イデアルの対応(剰余環 ver.)

3.5.極大イデアルの対応(剰余環 ver.)

4.局所化

4.1.可換環の局所化の定義

4.1.1.有理数体の構成

4.1.2.積閉集合の定義

4.1.3.積閉集合の生成

4.1.4.整域の場合の局所化の台集合 $AS^{-1}$ の構成(同値関係のwell-defined性)

4.1.4.一般の場合の局所化の台集合 $AS^{-1}$ の構成(同値関係のwell-defined性)

4.1.5.局所化の台集合 $AS^{-1}$ 上で加法から誘導される二項対応 $\overline{+}$ の定義

4.1.6.局所化の二項対応 $\overline{+}$ が写像としてwell-definedであること

4.1.7.局所化の加法が $0_A/1_A$ を零元として持つ可換群であること

4.1.8.局所化の台集合 $AS^{-1}$ 上で乗法から誘導される二項対応 $\overline{\times}$ の定義

4.1.9.局所化の二項対応 $\overline{\times}$ が写像としてwell-definedであること

4.1.10.局所化の加法が $1_A/1_A$ を単位元として持つ可換モノイドであること

4.1.11.五つ組 $\langle AS^{-1}, \overline{+}, 0_A/1_A, \overline{\times}, 1_A/1_A \rangle$ が可換環を為すこと

4.2.局所化の定義の補足

4.2.1.局所化の普遍性

4.2.2.イデアルの対応(局所化 ver.)

4.2.3.素イデアルの対応(局所化 ver.)

4.2.4.極大イデアルの対応(局所化 ver.)

参考文献

W.W. McCune. Single axioms for groups and Abelian groups with various operations. Journal of Automated Reasoning 10.1 1993: 1-13.

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Last-modified: 2020-09-25 (金) 02:32:27 (33d)